*こちらはお見苦しいですが、実家(被災当時は住家の自部屋2階)棚がたおれ物は床一面に散乱。ブルーシートで覆った部分は内壁が崩落しており空洞になってます。崩落した内壁は1階の床上にバラバラになり散乱していました。床上がちゃんと支えてくれたおかげで1階にいた私たちは怪我なく過ごせました。
前震の時は、ちょうど母と自分のコーヒーを両手に持っていて、居間に座ろうとした瞬間だった。
轟音と地鳴りで下から突き上げられる感覚で手に持っていたコーヒーをこぼして「熱い」と叫んだ。
こぼしたというか飛び散ったという感じ。
慌ててテーブルにマグカップを置いた。
瞬間的に母と抱き合いその場にうずくまった。
立っていられなかったし、頭上蛍光灯が見たことのない角度で揺れていた。
台所から、玄関から、至る所からものすごい音が響いてきた。
携帯の地震速報も一斉に鳴り出した。
現実なのか夢なのか、何が起きたかわからなかった。
テーブルに置いたコーヒーは飲みもしてないのに半分以下に減っていた。
揺れがおさまり祖父(寝たきり)の部屋へ母と駆け込んだ。
「大丈夫?」と大声で問いかけたところ(耳が遠いので)
取り乱した様子もなく、
「どがんしたとや。(どうしたの?)」という祖父の言葉にちょっと笑いがでました。
どうやら眠っていたようで、地震にはほとんど気付いていなかった様子。
祖父の部屋の時計は21時26分で止まっていた。
私たちのいた居間の時計も21時26分で止まっていた。
何度も携帯のアラームがなった。
地震がきて、遅れて警報アラームがなる。。
今の揺れが、アラームの地震なのか・・・少し混乱した。
幸いなことに停電はなく、テレビは観ることができた。
すべてのチャンネルが地震の報道に変わったかと記憶している。
離れて住む弟にすぐ連絡をとり無事を確認した。
すぐにガスの元栓をしめた。
最低限の片付けを済ませて、カラスの行水さながらの
お風呂にはいった。
寝たきりの祖父がいる我が家は避難所への避難の選択はせず自宅に残ることを
決めた。
私は自部屋(2階)での就寝をあきらめ、1階(母と隣同士)で寝た。
*本来であれば余震が続いている間は2階に寝るほうがセオリーだと思われます;;
何度も揺れる中、ほとんど眠ることはできませんでした。