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みやちのリアルライフ

いきなりマイホーム~日々のリアルシンプルライフ~

熊本地震 備忘録2 備えていても無力な部分が大半だと痛感した。

後から分かった前震と呼ばれているものから、本震までの間に

ずーっと余震が続いていました。

 

とはいえ、当初、また同じ規模の地震がくる。なんて夢にも思っていない状態でしたが、そんな中でも、家から飛び出す準備だけは行いました。

 

準備したもの

 

・貴重品(現金、保険証書、通帳、印鑑等)→リュックにつめ、枕元に置く。

・食料(カップ麺、乾パン、お菓子等)→玄関先に置く。

・靴、懐中電灯→枕元に置く。

・就寝時、スマフォは肌身離さずポケットに(充電は満タンを心がける)

・羽織るもの→玄関先に置く。

 

 前震から28時間後

 

前震の後から断続的な余震が続き、家の片付けや、職場の片付けにおわれ、体は疲弊していました。

正直、ほぼ寝ていない状況でしたので、揺れる中でも「うとうと」とし始めていたそのときでした。

 

4月16日1時25分、前震から28時間後___

 

本震がきました。

 

消灯した中、震度7(私の住んでいた地域は震度6)

ドーンという地鳴り、地響きとほぼ同時に盛大に揺れました。

うとうとしてはいましたが、まだ完全に眠っていたわけではなく、意識はありました。

寝ていた状態で被災したのもあり、立ち上がろうとしてもまず立ち上がれませんでした。

 

逃げよう(立ち上がろう)としても、立ち上がれない。

それくらい揺れがひどかったです。

布団の上だったからよかったけれど、正直な話、こけました。

方向感覚も全くなくなっていました。

30数年間住み慣れた家の玄関がどっちにあるのかわからないのです。

 

おそらく軽くパニックになっていました。

 

隣の部屋で寝ていた母が「扉が開かない」と叫んでいたので助けに行こうと

そちらに移動したくても、移動すらできませんでした。

 

あまりに長く続くので、だんだんと家が崩れるのではないか。という恐怖が

襲ってくるなか、揺れがおさまるのを布団を握り締めて待ちました。

 

自力で扉をあけた母が隣に来てくれて、心強くなりました。

 

無力感しかない

 

外に飛び出すのが正解なのかもしれませんが(とても震度6クラスの揺れでは

逃げることは不可能。)外に飛び出して落下物がないとも限りません。

 

逃げる準備をしていたけれど、それを持って、逃げる。という行動まで

到底出来ません。

 

無力感が残りました。

 

 

とはいえ、貴重品をまとめておくのはとても大事なことだと痛感しました。

揺れが収まった後の部屋の中は、再度、悲惨な状態になりました。

 

あの中から、貴重品を探し、食料を探し、、なんていうことはとても出来ません。

停電は一瞬でしたが、暗闇の中、懐中電灯もなければ、おそらく玄関までたどり着くのも難しいでしょう。

 

準備をしていることがすべて無駄。とはいえないけれど、

人間の無力さを身をもって体感しました。

 

 

 

 

 

 

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